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短編歴史小説 信長の夢

天正10年(1582)の5月、毎晩のように同じ悪夢にうなされ、不眠症の織田信長は悪夢から解放されるために、とんでもない事を考えて実行に移します。

   

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3.西之坊

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教科書が教えてくれない裏忍者列伝


 

 日暮れ頃、信長は安土城内にある摠見寺(そうけんじ)の宿坊(しゅくぼう)の奥の間にて、愛宕山(あたごやま)の山伏、西之坊とひそかに会っていた。側近の森蘭丸らは入り口近くの部屋で控えていた。

 西之坊は信長の祈祷師(きとうし)である。祈祷など一切信じない信長が祈祷師と会うのは不思議にも思えるが、西之坊と信長の付き合いは古かった。信長が「うつけ者」と呼ばれていた十代からの付き合いで、回りの者たちも西之坊だけは例外なのだろうと納得していた。

 信長が西の坊と会うのは、勿論、祈祷をしてもらうためではない。祈祷師というのは表向きの姿で、実は忍びの者である。その事を知っているのは信長だけであった。

 髪も髭(ひげ)も真っ白で、もうかなりの年なのに、相変わらず、身が軽く、忍びの術も衰えてはいなかった。ある日、突然、信長の前に現れては重要な情報を提供してくれる事が何度もあった。しかし、西之坊は一度も信長から報酬を受け取ろうとはしなかった。

 不思議な男であるが、信長は、この男を気に入っていた。すべての者が自分を恐れ敬い、顔色を窺いながら近づいて来る中で、西之坊だけは昔と同じく、自分に対して対等に口を利いて来る。今の信長にとって、腹を割って話のできる唯一の男だった。

 西之坊と信長は不動明王の仏壇の前で、大の字になって寝そべったまま話をしていた。

「どうした? つまらなそうな面(つら)をしとるのう」と西之坊は横っ腹を掻きながら言った。

「ああ、つまらん」と信長はしかめっ面で、天井を睨みながら、

「天下を取るのも飽きて来たわ」と独り言のように言った。

「ほう。おぬしの夢じゃろうが」

「ああ、確かに夢じゃった‥‥‥尾張(おわり)にいた頃、このわしが天下を取る事など、まったくの夢じゃった。誰に言ったとて、笑いもんじゃ。わしの事をみんなして、大うつけと呼んでおったわ」

「そうじゃ。あの頃のおぬしは本物の大うつけじゃったのう。わしは、そこに惚れたんじゃ‥‥‥未だに、おぬしとこうしておるとは不思議な縁じゃのう」

「あの頃は、天下を取る事など遠い夢じゃった。死に物狂いで、夢に近づこうと生きて来た。まさしく、それは夢だったんじゃ‥‥‥しかし、今のわしにとって、天下を取る事などなんでもない。わしが何もしなくても、天下の方から転がり込んで来るわ」

「まあ、そうじゃろうの。明日、勅使(ちょくし)がここに来る。おぬしを将軍にさせてやるそうじゃ。どうする、将軍になるか?」

「本当か?」と信長は西之坊の方に顔を向けた。

 西之坊は天井を向いたまま、股座(またぐら)をボリボリ掻いていた。

「本当じゃ。勧修寺(かんじゅうじ)殿が上臈(じょうろう)衆を連れて、こっちに向かっておるわ」

「将軍か‥‥‥将軍になって幕府を開くのか‥‥‥つまらん」

「将軍にはならんのか?」

 信長はまた、天井を見上げると鼻糞(はなくそ)をほじくり始めた。

「つまらん。一時は将軍になろうと思った事もあった。天皇になってやろうと思った事もあった。しかし、今のわしなら、どっちも簡単な事じゃ。簡単な事など、やってみた所で面白くもなんともない」

「ほう、それじゃあ、これからどうするんじゃ?」

「それが分からんのよ。やりたい事は、もう、すべてやってしまったわ」

「そうじゃろうの。欲しい物はすべて手に入れたし、立派な御殿も建てた。あまりにも多くの人間も殺して来たしのう。罪もない人間を数えきれん程、殺して来たからのう」

「おぬし、わしを責めてるのか?」

 信長は眉間(みけん)にしわを寄せて西之坊を睨んだが、西之坊は知らん顔して顎髭(あごひげ)を撫でていた。

「少々、やり過ぎたようじゃのう」

「叡山(えいざん)の事を言っておるのか?」

「いや、叡山の事は仕方あるまい」

「それじゃあ、一向衆の事か?」

「そうじゃ。長島ではやり過ぎたような気がするがのう」

「あれはわしのせいではない。阿弥陀如来という化け物のせいじゃ」

「荒木摂津守(村重)の時はどうじゃ?」

「あれは見せしめじゃ。わしに逆らった罰じゃ。女子供を無残に死なせたのは村重じゃ」

「確かにのう、摂津守は女子供を見捨てて逃げ出した。しかし、七百人もの罪もない女子供を殺すのはやり過ぎじゃ。しかも、残酷な見世物(みせもの)にした」

「何が言いたいんじゃ?」

「何でも過ぎると身を滅ぼす事になる」

「ふん。このわしに刃向かう程の者がおると言うのか?」

「いるかもしれん」

「誰じゃ?」

「さあのう‥‥‥」

 信長は丸めた鼻糞を弾き飛ばすと起き上がって座り込んだ。

「西之坊よ。わしの最期をどう見る?」

「おぬしの最期か」と西之坊は初めて信長の方を見た。

 信長は珍しく真剣な顔をして西之坊を見つめていた。

「あまりいい最期じゃなさそうじゃの」

「どんな死に様じゃ?」

「この先、おぬしが戦(いくさ)で死ぬ事はあるまい。おぬしの代わりに戦をしてくれる者が大勢おるからのう。そうなると、老いぼれるまで生き伸びて、惨(みじ)めな爺(じじい)になって、糞や小便を垂れ流しながらくたばるか‥‥‥」

「何じゃと?」と信長は怒鳴ったが、西之坊は構わず話を続けた。

「あるいは、何者かにひそかに暗殺されるかじゃろうのう」

「誰が、わしを暗殺するんじゃ?」

「おぬしに恨みを持っている奴は大勢おるからの。いつか、おぬしが安心した時に不意にやられるんじゃ」

「暗殺か‥‥‥おぬしのような忍びにやられるのか?」

「忍びと言えば、去年、おぬしにやられた伊賀者どもは死に物狂いで、おぬしの生命(いのち)を狙っておるぞ。ここの城下にも、かなり潜伏しておるようじゃ。気を付ける事じゃな」

「伊賀者などにやられるわしではないわ‥‥‥もしかしたら、おぬしも伊賀者なのか?」

「いや、昔、甲賀(こうか)の飯道山(はんどうさん)にいた事があるがの、伊賀者ではない。安心しろ」

「おぬしは、わしを殺さんのか?」

「おぬしを殺したところで、わしが天下を取れるわけでもないからの。長い間、わしはおぬしのやる事を見て来た。それだけで充分に楽しかったわ。おぬしの死に様だけは見たくないわ。その前に死ぬ事にするかの」

「おぬしはどんな死に方をするんじゃ?」

「わしか‥‥‥わしは山奥に籠(こ)もって、ひそかに死ぬさ」

「山奥でか‥‥‥」

「おぬし程ではないがの、わしはわしでやりたい事はやって来たつもりじゃ。おぬしが将軍になる姿を見たら、山に籠もろうと思っておったが、おぬしにその気がないのなら、そろそろ、山に籠もるかのう」

「ちょっと待ってくれ。勝手に山に籠もるな。もう少し待ってくれ」

「何か、面白い事でもやるのか?」

「いや、まだ分からんが、最後に、おぬしの力を借りる事があるかもしれん」

「ふん、いいじゃろう。もう少し、おぬしに付き合うか」

「まだ、何だか分からんのじゃが、何か、やらなければならん事があるような気がするんじゃ」

「ほう、将軍になる事よりも、大事な何かがあると言うのか?」

「ああ、大事な事じゃ。一番肝心な事じゃ」

 信長は刀をつかむと立ち上がった。

「風呂に入った方がいいぞ」と言うと、寝そべったままの西之坊をおいて部屋から出て行った。

 西之坊はきょとんとした顔で信長を見送りながら、相変わらず股座を掻いていた。

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