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短編歴史小説 信長の夢

天正10年(1582)の5月、毎晩のように同じ悪夢にうなされ、不眠症の織田信長は悪夢から解放されるために、とんでもない事を考えて実行に移します。

   

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13.本能寺の変

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真説本能寺の変

 

 六月二日の夜明け前、一万三千余りの明智軍は本能寺を完全に包囲していた。

 空が白み始めた頃、光秀の指示のもと本能寺に向けて一斉に鉄砲が撃たれた。鬨(とき)の声と共に、兵たちは濠(ほり)を渡り、土塁(どるい)を乗り越え、本能寺になだれ込んだ。あちこちから火の手が上がり、あっと言う間に本能寺は燃え落ちた。信長の供をして来た若い者たちは、すでにいない信長を守るために全員、討ち死にした。

 本能寺が落ちると、光秀は信忠のいる妙覚寺の襲撃を命じた。信忠は本能寺の異変を知ると妙覚寺を出て二条城に入り、明智軍を待ち受けたが、結局は敗れ、信忠は切腹して果てた。二条城には源五郎も一緒にいたが、西之坊に助けられて無事に逃げのびた。

 信長を倒した後の光秀は忙しかった。いつかは誰かに滅ぼされるにしろ、今、現在、天下は我が手の内に入ったのだ。うまくすれば、このまま天下を自分の物とする事ができるかもしれない。光秀は大坂にいる丹羽長秀に対しての守りを固めながら、京都に潜伏している残党狩りを行ない、堺にいるはずの徳川家康を捕まえろと命じた。さらに、毛利氏、上杉氏、北条氏を初めとして、あちこちに手紙を出して、味方になってくれるように頼んだ。

 本拠地に帰る前に徳川家康を討ち取り、毛利氏が羽柴秀吉を倒し、上杉氏が柴田勝家を倒し、北条氏が滝川一益を倒してくれたら、このまま、自分が天下を取る事も可能なような気もした。

 六月五日、光秀は安土城に入った。今まで、信長の顔色を窺(うかが)いながら恐る恐る入ったこの城が、今、自分の家に帰って来たかのように大手を振って入れるのが不思議だった。城内には信長の奥方を初め、留守を守っている者たちは誰もいなかったが、信長の集めた財宝やらは、そのままになっていた。光秀はそれらの財宝を家臣たちに分け与えて士気を高めた。

 光秀は一人、天主の最上階に登ると、心行くまで最高の景色を楽しんだ。ここに立って城下を見下ろし、夕日に染まる琵琶湖を眺め、初めて、自分が今、天下人になったのだと実感していた。天に向かって、大声で、

「やったぞ!」と叫んでみたい気分だった。

 やるべき事はやった‥‥‥

 後は運を天に任せるのみであった。天が味方すれば、このまま、天下人でいる事ができよう。ただ、家康の事が気になっていた。討ち取れと命じたが、未だに家康を殺したとの知らせは届いていなかった。

 七日には安土に勅使がやって来て、勝利の祝いを述べた。朝廷は光秀の事を信長に代わる権力者として認めてくれたのだった。光秀は涙が知らずに流れて来る程、感激した。

 九日、光秀は天下人として上洛した。公家衆や町人たちから大歓迎され、光秀は気前よく金銀をばらまいた。この日、京都の町人たちは、残忍な信長に代わって光秀が天下人になった事を心から喜んでいた。

 次の日、大坂にいる織田信孝、丹羽長秀軍を倒すため、洞(ほら)ケ峠まで出陣した。その夜、備中にて毛利軍と戦っていた羽柴秀吉が毛利と講和して、信長の弔(とむら)い合戦をするために、こちらに向かっているとの知らせを受けた。秀吉がこんなにも早く戻って来るとは予想外な事だった。この時、光秀は自分を殺すのは秀吉に違いないと悟った。

 光秀は秀吉と戦うために万全の処置を取ったが、負ける事は分かっていた。すでに、細川藤孝、筒井順慶、池田恒興(つねおき)、中川清秀らの頼りにしていた武将たちからも見放されてしまっていた。相手の立場になってみれば当然の事と言える。信長を殺しても、信長配下の武将たちは各地にいる。彼らは皆、光秀と同じ位かそれ以上の兵力を持っている。彼らが戻って来れば、光秀など、ひとたまりもないだろう。皆、そう思って、成り行きを見守っているのだ。軽はずみな事をして、一族や家臣を路頭に迷わす事などできないのだった。反面、弔い合戦という名分のある秀吉のもとには、続々と兵が集まるのは確実だった。

 十三日の昼過ぎより、山崎において光秀と秀吉の合戦が始まった。明智軍は戦死者を三千人以上も出して敗北した。光秀は勝龍寺(しょうりゅうじ)城に立て籠ったが、すぐに包囲され、逃亡者も相次いだ。その夜、光秀は数人の供を連れて、ひそかに城を抜け出した。坂本城に帰って城に火を放ち、死に花を咲かそうと思ったが、途中で土民に襲われて殺された。

 十四日には亀山城が落城し、光秀の長男が殺された。十五日には坂本城が落城し、明智一族は皆、自害して果てた。同じ日、天下人の象徴であった絢爛豪華な安土城が、城下に潜伏していた伊賀者たちによって放火され、一つの時代が終わったかのように燃え落ちた。

 光秀の首は十四日の朝、秀吉のもとに届けられ、十七日、本能寺の焼け跡に晒(さら)された。その首は化粧されてはいたが、かなり腐敗して異臭を放っていた。

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