天正10年(1582)の5月、毎晩のように同じ悪夢にうなされ、不眠症の織田信長は悪夢から解放されるために、とんでもない事を考えて実行に移します。
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信長は琵琶湖を眺めながら、お茶を飲んでいた。
天主の四階、屋根の上に張り出した四畳半の茶室で、弟の源五郎(後の有楽斎(うらくさい))を相手に茶の湯を楽しんでいた。
梅雨入り前のいい天気だったが、信長は浮かない顔をしている。夢の事がまだ気になっていた。
「おい、源五、わしが死ぬとどうなる?」と信長はぼそっと言った。
源五郎は信長の言葉が聞こえなかったのか、『九十九茄子(つくもなす)』と呼ばれる名物茶入れに見入っていた。
「源五!」と信長は怒鳴った。
「はぁ?」と源五郎はのんびりと顔を上げて、ぼんやりと信長を見た。
「おぬしはのんきでいいのう」と信長は馬鹿にしたように言ったが、源五郎は馬鹿にされる事には慣れているのか、
「それだけが取り得でございます」とケロッとしていた。
「源五、死ぬとどうなるんじゃ?」
「人は死ぬと、極楽か地獄に行くと聞いておりますが‥‥‥」
信長は源五郎を睨(にら)むと、「このボケ!」と怒鳴った。
「人の事など、どうでもいいわ。わしが死んだら、どうなるかと聞いておるんじゃ」
「まさか、兄上が死ぬなどと‥‥‥」
「もしもの話じゃ、わしが死んだら、天下はどうなるんじゃ?」
「今、兄上が亡くなれば、天下は大変な事となりましょう」
「源五、わしの死に様(ざま)はどんなじゃと思う?」
「兄上はきっと、大往生(だいおうじょう)するに違いありません」
「畳(たたみ)の上でか?」
「はい、勿論でございます」
「嘘言うな。わしが畳の上で大往生じゃと‥‥‥わしには似合わんわ」
「似合わんと申しても、死は突然、やって来るものでございます。たとえ、兄上といえども、死に方を自分で選ぶ事などできません」
「このわしにもできん事があったか‥‥‥」
「はい。死に方を選ぶ事など、誰にもできません」
「死に方は選べんのか‥‥‥」
信長はお茶を飲み干すと目を細めて、また、琵琶湖の方に目をやった。
源五郎は首をかしげながら信長を見ていたが、すぐにまた、手に持ったままの茶入れを熱心に眺めた。
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