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短編歴史小説 信長の夢

天正10年(1582)の5月、毎晩のように同じ悪夢にうなされ、不眠症の織田信長は悪夢から解放されるために、とんでもない事を考えて実行に移します。

   

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14.夢幻

14


桔梗の花さく城



 光秀の首が晒された日の昼過ぎ、愛宕山の裾野、小川に沿った細い道を行く二人の山伏があった。二人共、無言のまま急ぎ足で歩いていた。

 かなり山の中の小さな滝のほとりに庵(いおり)が建っていた。二人は、その庵に入って行った。

 庵に中にいたのは、みすぼらしい野良着(のらぎ)を着た信長と小吉だった。どう見ても百姓夫婦、あるいは親子だった。かつて、誰もが恐れた、あの面影は陰も形もなかった。

 信長は板の間の上で、気楽な顔をして寝そべっていたが、入って来た山伏の顔を見ると嬉しそうに、

「おぬし、生きておったか」と言った。

「西之坊殿に助けられました」と言った山伏は光秀だった。

「そうか、そいつは良かった」

 信長は起き上がると、親しい友でも迎えるように、

「うまく行ったのう。さあ、上がれ」と光秀を招いた。

 光秀は持っていた錫杖(しゃくじょう)を壁に立て掛け、草鞋(わらじ)を脱ぐと板の間に上がった。

「それにしても早かったのう。おぬしが天下を取ったのは、たったの十日か?」

「いえ、十一日です」

 信長は大笑いをした。

「サルめにやられたのう」

 その言葉を聞いた時、光秀は、もしかしたら信長は秀吉に自分が殺される事を教えたのかもしれないと疑った。秀吉が戻って来たのが、どう考えてみても早すぎる。信長は最初から秀吉に天下を取らせるつもりだったのではないのだろうかと思った。

 信長は大口をあけて腹を抱えて笑い転げていた。

「これで、おぬしもわしと同じに死んだ事となったのう。これから、どうするつもりじゃ?」

「どうするも何も、今の自分が一体、何者なのかも分かりません。明智光秀は死んだが、わたしはこうして生きている。生きてはいるが、もう、明智光秀ではない。わたしは一体、何者なんじゃ?」

「つまらん事をくよくよ考えるな。新しい名前を自分で考える事じゃ。わしは夢幻(むげん)と名乗る事にしたわ。おぬしが信長を殺してからというもの、例の夢も見なくなった。ようやく、安心して眠れるようになったわ」

「上様はこれから、どうなさるつもりです?」

「わしはもう上様ではない。夢幻という名の神じゃ」

「神ですか‥‥‥」

「わしは神として、天下の行方を見守るのよ。誰が天下を取るのか見物(みもの)じゃわ」

「確かに、上様は神様です。わたしの一生をもてあそびましたからね。わたしだけではないでしょう。上様の気まぐれによって一生を台なしにされた者は何十、何百といるでしょう」

「もう過ぎた事じゃ。すべて、忘れろ。これからの事を考える事じゃ」

「わたしはとりあえず叡山(えいざん)に登ります。わたしのために死んで行った一族の者や家臣たちの冥福(めいふく)を祈るつもりでおります」

「あんな糞山(くそやま)に登るのか。おぬしらしいの。ついでに、わしの一族の冥福も祈ってやってくれ」

「かしこまりました」と光秀は言うと顔色も変えずに刀を抜いた。

「何の真似じゃ?」

「上様、御覚悟!」

 光秀は、驚いている信長を一瞬のうちに袈裟(けさ)斬りにした。

 竃(かまど)の前で飯の支度をしていた小吉が悲鳴を上げた。

「やはり、おぬしじゃった、な‥‥‥」と言うと信長は倒れた。

 小吉が素早く、信長のもとに駈け寄った。血まみれの信長に抱きつくと、小吉は大声で泣き喚(わめ)いた。

「こうなる事は分かっていたわ」と西之坊が言った。

 光秀は刀の血を懐紙(かいし)で拭うと鞘(さや)に納めて、西之坊の方を振り返った。

 西之坊は目を細めて信長の最期の姿を眺めていた。そして、

「哀れなもんじゃ」と呟いた。

 光秀はゆっくりと土間に下りると草鞋を履いた。

「小田原の北条氏の配下に風摩(ふうま)党という忍びの集団がいるのを御存じですね?」と光秀は草鞋の紐をしばりながら西之坊に聞いた。

 西之坊は驚いたような顔をして光秀を見つめた。

「わしは昔、小田原に行った時、不思議な術を使う男が風摩党にいるという噂を聞きました。その術というのは、人の夢を自由に操るという術だそうです‥‥‥その術を使う男というのは、西之坊殿だったのですね?」

 西之坊は顔色も変えずに光秀を見ていたが、やがて、頷いた。

「北条氏のためですか?」

「信長が関東に進出して来なかったら、こんな事にはならなかったんじゃ。北条氏は信長が何をしようと無関心じゃった。信長が何をしようとも関東には関係ないと思ったからじゃ。しかし、信長は武田氏を滅ぼし、関東に進出して来た。滝川一益を上野(こうづけ)に置き、北条氏の領地に侵入して来たんじゃ。北条氏もようやく信長の恐ろしさに気づいたんじゃろう‥‥‥わしは奴がガキの頃から知っている。できれば殺したくはなかった。しかし、奴はやり過ぎたんじゃ。調子に乗って人を殺し過ぎたわ。罪のない多くの人間をのう」

「その娘も仲間だったのですね?」

 小吉はいつの間にか、信長が腰に差していた小刀を抜き取って光秀に対して構えていた。

 その顔付きは、今までの小吉ではなく、立派な忍びの者と言えた。

 西之坊は小吉に向かって首を振った。

 小吉は頷くと、冷静な顔で信長の胸にとどめを刺した。

 光秀は錫杖をつかむと西之坊に頭を下げ、庵から出た。

 光秀は空を見上げた。

 眩(まぶ)しかった。

 久し振りに青い空を見たような気がした。

 蝉(せみ)のやかましく鳴く山道を光秀はのんびりと下りて行った。






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